雨乞いについて

雨乞いについて
ある少数民族の雨乞いは
必ず成功するという
・・・、
これは真実である
それはかれらが
雨が降るまで
祈り続けるからだ
この論理的な単純さを
笑うことは
都市に生きるものの
反射的な所作の一つではあるが
雨乞いについて
一笑にふすのは
品位についての危機である
彼らの雨乞いは
壮絶である
雨を待つ間に
いくつもの太陽を眺め
ともに雨を待つ仲間が
どんどんと死んでいく
生き残った者は
雨が降るまで
休息はせず、
ただ踊り、
歌い、
祈り続ける。
そうした果てに
ようやく彼らは雨を手にする
さて、都市に生きるものに
雨乞いは可能だろうか
年間の自殺者数が
三万人を超えていく
この国では
衰弱した生命が
雨を乞うこともなく、
無抵抗に死んでいく。
注意すべきなのは、
自殺を図ることが
衰弱の度合いではないということだ。
果たして今、
何かを乞う事が出来るか
情報が蔓延する世の中に
精神を虚脱させず、
喜ぶべきことに喜び、
悲しむべきことに悲しむことができるか
そして、
もしもそこに悲劇があるのなら
社会に対して
その改善を
乞うことができるか
はたまた
大切な人への願いがあるのなら
きちんと、正しい形で、
その思いを伝えるができるか
我々はふてくされてはいけない
きちんとした
雨乞いをすれば、
いつしか
必ず雨は降るのだ。

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