小石

線形な関係性と
ノンバーバルな思惑
先鋭すぎる観察は
寛容をすり減らしながら
時を加速させていく
マイルドな敷居は
優しく甘い
けれども
その緩やかさは
時に不自由だ
ざらざらした表面は
時が経つにつれ
つるつるした表面に変わる
つまり人はただ
転げ落ちるために産まれた
といえるだろう
そしてそれは
ほかの沢山の小石に包まれて、
そっと存在していく
という事を意味するだろう

うそぶく人

沢山の人がいて
それぞれの悲しみと喜びを持って
名も知らぬ誰かは
やはり名も知らぬ誰かと待ち合わせ
そんな光景に無関心な
その他大勢の中の一人になった
同じ電車に乗る奇遇に見合わせた
見知らぬ人は
そんな奇遇に関せず
誰かへの祈りに没頭している
目の見える範囲にある限りない選択肢は
夢のまた夢のまま
一駅を通り過ぎるごとに
さやさやと通り過ぎていく
それぞれの人にその人の幸せ
それぞれの人にその人の悲しさ
それらをすべて分かち合うのは不可能なのだけれど
それらにすべて気付くことは難しいのだけれど
見知らぬ人
名も知らぬ誰かが
己と同様に
形式は様々かもしれぬが、
色んな幸せや悲しさを感じていると慮る
そうしてガタガタと揺れる電車の中で
存ることの力強さを感じる一人
それは我がままな妄想かも知れないし、
深いところにある連関なのかも知れない
最も伝えたいのは、
その描写とうそぶく人の存在である

色んな狼

お腹のすいた狼
お腹いっぱいの狼
お裾分けする狼
独り占めする狼
恋いこがれる狼
恋にやぶれた狼
空を飛びたい狼
崖から飛びたい狼
何かを突き抜けたい狼
何かにぶつかりたい狼
どこかに進みたい狼
どこかへ戻りたい狼
最高な狼
最悪な狼
独唱する狼
合唱する狼
皆を率いる狼
誰かについてく狼
思惟する狼
全然悩まない狼
怒り狂う狼
怒り疲れた狼
腹の底から笑う狼
つられて笑う狼
泣いちゃう狼
涙を隠す狼 
嘘つく狼
嘘つけない狼
人間好きな狼
人間嫌いな狼
人間みたいな狼

繕いと移ろい

繕いと移ろい
繕い留め
繕い移う
留まるのは何か
移ろうのは何か
残火は影
讃歌は炎
彼方此方で変わって
走る釜に
焼かれたピザは
美味しいけど
寂しい善意がある限り
それは
乾いた風と
暖かな冬の日差しだったり、
忘れ去られた場所で
何かを訴え続ける
ミケランジェロだったり、
いつの日もカチカチと
痩せこけた腕の上で
無関心に時を刻み続ける
大切な腕時計だったりする。
けれどもだからといって
琥珀になるのは
不可能だ
毎日、カチカチと
心臓を燃やし続ける

抽象エビフライと具象エビフライ

抽象エビフライと具象エビフライ
子供の頃は
抽象エビフライが
結構好きだったんだけど、
学校教育で
抽象エビフライは
おいしくないんだよ
と教え込まれてしまって、
それからというもの
抽象エビフライが
目の前に現れたときには
出来るだけ妄想の衣を剥いで、
中のエビだけを食べてたんだよね。
でもね、
最近分かってきたんだけど
中のエビだけじゃ味気ないんだよ。
かといって、
抽象エビフライを
オーダーし直すのも
ちょっと違う訳。
知ってるとは思うけど、
抽象エビフライはさ
一人分しかないじゃん。
一人で抽象エビフライを食べるんだったら、
みんなで味気ないエビを食べた方が
おいしいと思うよ、俺は。
でさ、解決法を・・・、
思いついたんだよね。
要は、
いいとこ取りをしちゃえばいいんだよ。
つまり、
具象エビフライを作れば良い訳。
賢いだろ?
まずは抽象エビフライから
中身のエビを取り出して、
そいつを想像力の衣で包み直しちゃう訳。
うまそうだろ?
あ、勿論・・・、
エビのしっぽは衣で包んじゃ駄目だぜ。
誰もが掴める部分を少しは残しとかないと
具象エビフライじゃないからな。

風花一輪

風花一輪
例えば誰かの問いかけに
当たり障りの無い返答を
与えたとしても
それで何かが損なわれる訳ではないし
風は通り過ぎていくのだろう
でも風は
幾ばくかの砂を部屋に運ぶ
日々の散逸的な会話という装いに
言葉は意味を剥奪され、
お互いの応答は
大げさな言い回しだったり、
嘘っぽい笑いを付与されて、
なんとかコミュニケーションとしての位を保つ
勿論、
限定された空間の
大事な人との時間は
未だその限りではないし、
それはどんな外力がかかっても
人は保持し続けるだろう。
為政者は知っておいた方がいい。
民が人である事を。
譲れない領域を侵せば
死は起こりうるのだ。

ラクダのドロップキック

ラクダのドロップキック
彼はいつも考えている
もしも俺に
とっても許せないような事があれば
ドロップキックをしてやろうと。
いつも自分を引っ張る商人が
仲間の商人と話しているのを聴いたからだ。
この前のドロップキックは凄かったよな、
ああ、あれには驚いたよ。
そんな会話を耳にして、
そうかドロップキックは
そんなに凄いものなのかと
ラクダは考えた。
だから、今度機会があったら
試しに俺もやってみようと。
へっへっへー。

解脱

解脱
ぴかぴかの
とっても嬉しい
幸せな気持ち
みるものすべてが
輝いていて
自然と笑顔が多い
からだがぽかぽかしてきた様だ
夜だけど
ひなたぼっこをしているみたい
愛している
とても
別に何かをしてほしいのではなくて
ただ暖かい
はぁぅ
体躯は静かな森の
百万年の眠りの様に
振動は体を
穏やかに充たす
嗚呼。
はぁぅー。

飢えと骸とピアノ

飢えと骸とピアノ
蓋を閉じた生活の一瞬
惨めさの底にたどり着いた後に
彼女が作る音で
感情の蹈鞴が
一番低いところから
未経験な高みにフラップして
苦かった思いが
涙とともに吐出される
その感情の加速度の体験に
心奪われて
また
聴きたくなる
会いたくなる
そんなトリップ
彼女は言う、
ピアノを引き続ける原動力は
「飢え」だ、と。
枯渇と再生が
一千万の聴衆を作り、
数多の思い出を作る。
今日も一人の聴衆が
惨めさを自らまとい、
日々の生活をもがく。
彼が惨めさをまとうのは、
惨めさの先のトリップを望むから
彼も
飢えているのだ
そうして、
幾千万の骸の中に
屍が一つ増えた。

ビンの中の空間概念

ビンの中の空間概念
手で触れそうな詩人の髪に
そっと手を伸ばしてみると
彼女あるいは彼は、
一枚の紙の中に戻ってしまって
残り香だけが部屋の中に残される
そうして私たちは
自身が部屋の中にいることを思い出して
はっと驚くのが常である
今日も昨日やその前の
「日常」
と同様の日々が続くつもりで
玄関の扉を開けて
うじゃらうじゃらの
生活と呼ばれる一連の所作を
世界にて行い
また家に帰ってくる
もしもある瞬間に
ふっとため息をつけば
そのため息は
ビンを構成するガラスを曇らせ、
人間がビンの内部にいることを
知らせてくれる。