智慧

堅牢な現実は
重たい扉に
封をされた
冷たく暗い牢獄
そこに囚われた
ひとつの生命は
その扉を力づくで
押開くことは出来ない
わずかに通ずる天は
手の届かない高さにあって
声を発しても
誰かからの返事はない
そういう境遇にあって
しかし、
彼は正気を保っていた
限界はあるが、無力ではない、
その智慧が
彼を支えた
彼は無論、
己の限界を知っている
しかし、
彼はまた
彼が無力でないことを
知っている
窓から差し込む
陽のひかりは
憤りではなく
希望であった
聞こえる鳥の歌は
妬みの対象でなく
祝福であった
彼に食事を届ける
見知らぬ誰かへの眼差しは
憎悪ではなく、
労いであった
彼は自分自身に、
私達は無力ではない
そう、言い聞かせることによって
自らを保ち
今日も
牢獄を破壊する手段を
模索する

うれしさ

ここにいたいと
願う気持ち
一緒に居たいと
思う気持ち
わくわくするような
ほっとするような気持ち
夕暮れの太陽を
見つめながら
何かを諦めた
あの日の思い出は
そうとは感じさせないほど
体の中に深く入り込んで
知らぬ間に
心を失わせていって
気づいた時には
後戻り出来なくなっていたけど
ここにいたいと思う気持ち
ここに居れて嬉しいと思う気持ち
ここに自分がいることを
自分で認めることや許すこと
そうしたことを知った時、
思いだした時には、
風に舞っていく桜の花びらは
穏やかな香りとともに
目の前を通り過ぎて
思い出のなかの
一片の生命は
光に包まれていく

無題 1

変わらなくていい
変わってもいい
気どらなくていい
気どってもいい
抑圧しなくていい
怒ってもいい
利口にならなくていい
賢くてもいい
愚かさを装わなくていい
戯けてみせてもいい
脅かされないようにと
気を張らなくていい
悪だくみをしてもいい
コントロールしなくていい
自暴自棄になってもいい
愛してもいい
愛さなくてもいい
大切にしてもいい
大切にしなくてもいい
前に進んでもいい
過去を振り返って
涙してもいい
私はただ
あなたが損なわれなければ
嬉しい
いつも、
あなたと一緒に
歩んでいたい

愛を知ること

一人に慣れた彼に
どうやって愛を知らせるか
愛に気づくこと
彼の持つ、愛の概念を超えて
愛の深さや
きちんとした成り立ちを教えること
かりに言葉が
伝達の方法ではなく
共感の様式なのだとしたら
分からない人には
永遠に分からない
言葉の意味が
その人の体験に
参照される限り
暗闇にさまよう人
時にさまよう人は
己のポケットから
意味を取り出し続ける
愛を知ること
愛を伝えること
自身が愛されていることに気づくということ
その作業は
小石を積み上げる作業になるかも知れぬ
けれど、人はまねて
洗練されていく
他の生命にある
深い愛を見い出すこと
それは、
己に等しいものを
見い出すことに他ならぬ
意味ではなく
存在なのだと知ったとき
両手で掬った
一杯の土は
こぼれることなく
生き続けてくれる
彼がいつか
己の手のなかにあるもの
こぼれ落としてきたものに
気づき始める
その時のために
私たちは彼のそばで
そっと息をする

ある

かけがえのない思い出を語るのは
顔を合わせること
声を発すること
手を繋ぐこと
あらわになっていく
優しさや嬉しさに
そっと手を差し伸べれば
きっと誰もが愛を交わして
祝福していける
嬉しいことや楽しいことを
愛していくために
生き続けていくことができたなら
あらわれてくる
怒りや悲しみ、寂しさの波に
のまれることはないだろう
船に乗った人が
灯台と交信を続けるのも
大事なのかも知れないが
最も貴重な体験は
短い距離で生まれていく
光は全てを伝えるのではない
暖かさを知った時
怒りの波や
凍った風、
その匂いは
再び見い出される
そして、
喜びや嬉しさの
本当の意味を知り、
意識は
暖かさに救われ、
媒介されたものから
心で暮らす輝きは
解き放たれて
「在る」ことの意味は
取り戻される

ぬけ殻

階段を上っていく途中
片方の足を持ち上げて
次の段に降ろす
今まで登ってきた私を
おきざりにして
次の一歩を踏み出した
いくつかの誘惑に
縛されていた私の中に
新しい私の意識が生まれる
その芽はふっと息を吹きかければ
すぐに消えてしまって
そういうものが存在した事すら
覚えていられないような
まだ、小さなものだけれど、
ここに在る私を
「私」が殺さないようにすれば、
意思に満ちた
新しい意識に、確かに気づく
生活のクレバスにある
新しい世界に
足を踏み入れると
体の中に在って
眠っていた私が
目を覚まして、産声を上げる
履歴に満ちていた
個別的な世界は
一歩を踏み出す事で
回帰と再生、再構成の混じった
ミルクの中に
ぼとんと落ちて溶ける
浮かび上がった
蔑視の抜け殻は
湯気になって、きえた

葉っぱ

葉っぱの先から
落ちた水滴は
風と話す
うつむく人に
上を向かせる
山車は狭い路地を通り
町中の人が
わいわいやった後
月は架かって
夜は眠る
暗闇の中に
しっかり、
ひっそりと在る
さびしい瞳は
砂漠の上を這う
ひとつの蟹に
水の在処を知らせる
距離という思惑が
心の在処を包んで
大切な人に
細やかな贈り物を
届ける
一枚の葉っぱは
土へと還り
見知らぬ誰かの
声になった

防人

海に浮かぶ島を守るのは
小さな少年が書いた防人
左手に槍を掴み
心には矜持を持って
彼の奥行きは
落書き帳の厚さに
等しいが
そのまなざしは
島とその周辺の海域に
くまなく届く
多くの場合、
静かに光る波と
カモメが羽を休め、
ヤギは草をはんで、
自分こそが
島に最も貢献していると思いながら暮らす島民とともに、
平和に暮らしている
時には
風が暴力的になり、
島の容れ物ごと
ごちゃごちゃにかき混ぜられるような
そんな日もあるが、
そういう日も防人は
まなざしを注ぎ続ける
最近、彼の島の周りに
見知らぬ船が
あらわれるようになった
どうやら船同士で
言い争いをしている様だが、
よくは聞こえない
自信を持って島を守ってきた
防人としては
些か不快なそれらの船ではあるが、
防人は
それらの船に対して、
紳士的に
対応していくつもりだ
彼を描いた
少年のように

目をつむった先にみえる場所
光が導く場所
静かな夜には
星が架かって
自動車も通り過ぎた
言葉のあやから生まれた
悲しい結末が
周りを経巡る衛星に似た
全体としての生態系
そこにある纔かな変化が
個人と個人の
関係を引き回して
新しい役割を受け入れられる人
受け入れられない人
いずれにせよ
太陽は今日もぎらぎらとして
夜風は優しい
蟋蟀はもう鳴かなくなったけれども
私の歩みは止まらずに
捻れた時計はうんうんと
時を刻む
何処にか
それは、
私の体の中に
私の肉に食い込むようにしながら
過去は
単なる記憶としてではなく
私の体の中に居座り
いつしか私を捉え
造りかえていく
そうして
私は
私に戻る

雨と思い出

苦しい気持ち
逃げ出したい気持ち
解決したい気持ち
通り過ぎたい気持ち
色んな嫌な気持ちが
あるときには
すかっとする様な事
気分転換出来る事
楽しい事に埋もれたくなる
そうして、
苦しさを通り過ぎた後には
雨の後の雲間から
太陽が顔を出して
爽やかな風が吹く
青空はいつまでも続かぬが
後に訪れる雲も雨も
またいずれ通り過ぎていくもの
私たちはそうして
季節を体に循環させて
生を営んでいく
雨の日は訪れる
暗く辛い日はいつか必ずくる
その雨は
心の中の幼い自分の涙かも知れぬ
あるいは
身近な人や見知らぬ人が
傷つけられた影かも知れぬ
雨は、
冷たく
暗い
けれども時には
誰かを思う
優しさかも知れぬ
だとすると、
雨は必ずしも
遠ざけられるものでは
ないかも知れぬ
晴れの日には
飲んで歌い、
雨の日には
その雨を
体一杯で受け止めて
ずぶぬれになる事も
必要かも知れぬ
その悲しみが
安っぽい娯楽や快楽
あるいは安易な共感で
消してはならぬ
己や己と共に生きてくれた者の
大切な
思い出ならば